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母が亡くなってから

まぁもうすぐ4か月経つんですが最近になって段々身に染みてきた気がします。あぁ、ほんとに居ないんだなって。
先日は母が実が生きてたって夢をみまして起きてからもしばらく現実に帰ってこれず、夢だと確信してからは本気で絶望してました、今まで見てきた中で一番酷い悪夢だったな・・・(

母の最期は息子の自分がいうのもなんですが、決して幸せなものではなかったと思います。癌で苦しんで苦しんだ結果精神を病んでしまって、最後は自分から遥か遠い地で召されることとなってしまいました。

あまりにもこのブログの趣旨とはかけ離れている内容なのですが、自分の心と記憶の整理も兼ねて書き残しておこうと思います。



時期的には自分が前回の大会が終わった後、癌を患ったのですが、手術で部位を除去して一度はある程度大丈夫、というところまで持ち直しました。それが去年の7月くらいだったかな?ところが11月くらいに再発、言い方は悪いですがもともと心が強くなく、さんざん苦しんだ結果母は非常に攻撃的な性格になってしまいました。そしてその対象は父に向かいました。

離婚したい、と憚らず周囲に漏らすようになり、父とも全く口をきかなくなりました。自分がその理由を聞いても一緒に暮らしている自分が理解できないような理由で、この頃から明らかに変だ、と思うようになりました。ただ、周囲で本気で心配している親戚にはそれが分からず、なんで愚かな父親なんだと父を責めるようになりました。少なくともこのころは多くの親戚が父が母にDVを振るっていた、と思っていたようです(狭いアパートに一緒に住んでる自分はそんなシーン一度も見たことないんですが)

そして母個人の希望もあり、母の兄が愛知に来るように進言して今年の3月くらいに愛知にわざわざ転院することになりました。新幹線の駅構内は車椅子、新幹線内では多目的室を使いました。そして愛知にある病院に転院してしまったことで、自分が母を見る機会はほとんど失われてしまいました。

愛知の病院でも母の攻撃性とおかしな言動は変わらなかったようで、ようやく母の兄や周りの人も母が明らかにおかしいことには気づいたようですが、どうにもできなかったようです。4月に兄に頼まれて愛知の病院に一度行きましたが、未だに『父と離婚して慰謝料をとれば、あんたの生活費は出せるだろう』という旨のことを口にしていて本当に心の底から悲しくなりました。

ただその後全力で説得し、ようやく母のその妄執からは少し離れてもらうことが出来ました。これがこっちに住んでいるときに出来れいれば、とは思うのですが父が近い環境だとおそらく説得は通じなかったのだろうとは思います。

その3週間後ほどで母は亡くなりました。最期を看取るどころか亡くなった3日後にようやく亡骸と対面出来た、というほど遠いところにで亡くなったんですよね・・・(まぁ遅くなったのにはほかにも理由がありますが)

やや顔に緑がさした母の亡骸と対面した瞬間は忘れられません、あまりにも複雑な感情が渦巻いてましたからね。その晩はただただ一睡もできませんでした。本当に心の底から泣いたのは母を焼いた骨と対面したときでした。あの時は人目も憚らずにただひたすら泣いていました。

母が亡くなった後は親戚からはひたすら父に迷惑をかけないよう、父にお金の心配をかけないよう、ということを何度も言われました(この辺は結構複雑な事情が絡んでるのでこれ以上は割愛しますが)
母が残した不信というか父に対する感情はどこか根を引いているのだろう、とは思いましたが・・・。


ちょっと長くなりましたがこれが自分の家族が癌患者になったときの体験です。親戚まで巻き込むような極端なケースは稀と思いますが、このように病気はあの優しかった母の心まで蝕んでしまうものなのだな、ということが痛い程分かりました。
病気の人を支える、心を救う、ってのは本当に難しいことなんですね・・・。
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セイル

Author:セイル
Mugen動画制作者で主に狂~神(特に神キャラメイン)の動画を制作しています。
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あとはアカツキ電光戦記勢(メインはアドラー。)他にも細々と格ゲーやってます。

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